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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)146号 判決

アメリカ合衆国

カリフオルニア州アービン・カートライト・ロード一七五〇〇

原告

ブリントロニクス・インコーボレーテツド

右代表者

デビツト・ダブリユ・メイン

右訴訟代理人弁護士

ウオーレン・ジー・シミオール

笠利進

同弁理士

若林忠

右訴訟復代理人弁理士

金田暢之

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 黒田明雄

右指定代理人

風間鉄也

徳永博

田村洋三

鳥居幹治

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  原告

1  特許庁が、昭和五三年審判第一〇四一一号事件について、昭和五八年一二月一日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文第一、二項同旨

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、一九七四年八月八日にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和五〇年八月八日、名称を「印刷装置」とする発明(以下、「本願発明」という。)について特許出願をした(昭和五〇年特許願第九五九七七号)が、昭和五三年三月二日に拒絶査定を受けたので、同年七月四日、これに対し審判を請求した。特許庁は、これを同年審判第一〇四一一号事件として審理したうえ、昭和五八年一二月一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」(出訴期間として九〇日を附加)との審決をし、その謄本は、昭和五九年一月二三日、原告に送達された。

二  本願発明の特許請求の範囲

1  紙上の字号位置に字号を印刷するドツトマトリクス印刷装置において、紙に隣接してかつこれを横切る方向に置かれかつ紙に対して往復運動をうけかつ複数のハンマを含むハンマ列を有し、各ハンマはドツト印刷部材を含み、前記ハンマ列はハンマを作動させる複数の装置を含み、このハンマ作動装置は、平常はハンマをばね負荷の後退位置に保つ磁界を形成するように各ハンマと磁気回路中に接合された永久磁石と、前記後退位置から飛び離れさせるためハンマを解放するように前記磁界を殆ど解消する電磁石とを含み、さらに、前記のハンマを含みかつハンマを作動させる装置を含むハンマ列を選択された数の字号位置の両端位置の間に紙に対して往復運動させるよう該ハンマ列に接合された装置を有し、この往復運動をさせる装置は前記両端位置の間の距離の大部分に亘つてほぼ一定の速度で該ハンマ列を駆動し、さらに、前記ハンマ列の運動中ハンマを作動させるように前記ハンマ作動装置に接合されかつ前記往復運動用装置の位置に応動する装置を有することを特徴とするドツトマトリクス印刷装置。

2  特許請求の範囲第1項記載の印刷装置において、各ハンマは磁気のかつ弾性の印刷ハンマ部材を含み、この部材は固定端をもつ単一の細長い条片から成りかつドツト印圧部材を含み、この印圧部材はその固定端からほぼ打撃の中心において第一の方向に延びており、さらに、磁気回路の一部において磁界を殆ど解消する装置は、前記印刷ハンマ部材を解放して選択された速度で前記第一方向に飛行させるようになつていることを特徴とする上記の印刷装置。

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項の特許請求の範囲に記載されたとおりである。

2  これに対し、特開昭四七-一二二五四号公報(以下、「第一引用例」という。)には、文字が印刷されるにしたがつて断続的に前送りする装置を持ち、用紙上に印字するインパクトラインプリンタにおいて、機枠と、互いに一直線上に整列し、かつハンマ支持体に装着された複数のハンマと、ハンマを用紙に近接するようにハンマ支持体を機枠に対して移動可能に固定し、ハンマ支持体を用紙を横切つて水平方向に往復動するステツプ送りのためのステツプ送り装置と、機枠に固着されて各ハンマに近接して配置され一個のハンマだけを作動させるようにした複数の電磁石と、データ記憶装置に記憶されたデータによつて選択されたハンマソレノイドを付勢し、次いでステツプ送り装置を付勢してハンマを後続する次のステツプ位置に移動させ、そして順次印字後紙送りモータで用紙を前進させるように制御する制御装置とを有することが記載されている。

また、特開昭四八-三二三二号公報(以下、「第二引用例」という。)には、ワイヤドツトプリンタにおいて記録ピンと電磁石とを一体に組合せたものを複数個記録紙の前方で往復動させることが、さらに、特開昭四七-五三一一号公報(以下、「第三引用例」という。)にはワイヤドツトプリンタにおいて、上部脚と下部コア部材との間に永久磁石を配置し、上部脚の他端に電磁装置を取り付け、この電磁装置の磁極面に可動片を当接するとともに平板スプリングを介してプリントワイヤを設けたことが記載されている。

また、「機械設計」一七巻九号(一九七三年九月号)一二〇・一二一頁(以下、「第四引用例」という。)には、Tally社製Tally2000のベルト状に構成されたドツト片が図8に記載されており、ドツト片の先端よりやや下方にドツトがプラテン方向に設けられていることは明らかである。

3  そこで、本願の特許請求の範囲第一項に記載された発明(以下、「本願第一発明」という。)と第一引用例のものを対比すると、両者は紙上の字号位置に字号を印刷するドツトマトリクス印刷装置において、紙に隣接してかつこれを横切る方向に置かれ、かつ紙に対して往復運動をうけ、かつ複数のハンマを含むハンマ列を有し、各ハンマはドツト印刷部材(第一引用例のものの打撃面)を含み、さらに前記のハンマを含みハンマ列を選択された数の字号位置の両端位置の間に紙に対して往復運動させるよう該ハンマ列に接合された装置(同じくステツプ送り装置)を有し、さらにハンマ列の運動中ハンマを作動させるように前記ハンマ作動装置に接合され、かつ前記往復運動用装置の位置に応動する装置(同じくハンマソレノイド及びハンマステツプ送り装置の付勢のタイミング並びに制御をする制御装置)を有する点で一致するが、次の三点で相違する。

(一)ハンマ作動装置が本願第一発明では平常はハンマをばね負荷の後退位置に保つ磁界を形成するように各ハンマと磁気回路中に接合される永久磁石と、前記後退位置から飛び離れさせるためハンマを解放するように前記磁界を殆ど解消する電磁石を含んでいるのに対し、第一引用例のものは電磁石のみである(相違点(1))。

(二)本願第一発明の往復運動させる装置は字号位置の両端位置の間の距離の大部分にわたつてほぼ一定の速度でハンマ列を駆動するのに対し、第一引用例のステツピング動作させる機構はその送り速度をどのようにするかは記載されていない(相違点(2))。

(三)本願第一発明はハンマ列にハンマを作動させる複数の装置を含むのに対し、第一引用例のものはハンマ支持体と電磁石とは別体に配置されている(相違点(3))。

4  相違点(1)について検討すると、第三引用例のプリントワイヤ駆動機構は通常の状態で平板スプリングのバイアス力に抗して磁極面に可動片を引きつけてプリントワイヤを後退位置に保つように永久磁石により磁界を形成し、次いで電磁付勢位置がパルスで付勢されると可動片は平板スプリングのバイアス力で磁極面から離され素早く遠ざかりプリントワイヤの自由端を用紙に衝突させるものであるので、その駆動原理は本願第一発明のハンマ駆動機構のものと同一であるといえる。

ただ、両者は印字部材を異にするが、ドツトプリンタとしては同一の技術分野に属するものである以上、第三引用例の上記駆動機構を第一引用例のものに置換して本願第一発明のようにすることは当業者が容易に想到できるものである。

相違点(2)についてみると、通常印字速度は始点と終点との間では一定の速度で行うのが普通であるので、本願第一発明の構成に格別の発明的工夫がなされているとは認められない。

相違点(3)についてみると、第一引用例における「ハンマの横方向運動を増大したい場合には、該運動をより密接に追従するために電磁石に水平運動を与えてもよい。」(四頁左欄下から六ないし二行)の記載からみて、ハンマと電磁石とが組合わされているものが示唆されており、また、第二引用例及び第三引用例には記録ピン又はプリントワイヤにこれらを作動させる装置を一体に組合せているものが記載されていることを合せ考えると、ハンマ列にハンマ作動装置を複数含ませることは容易に類推できることである。

そして、本願第一発明は全体としてみても第一ないし第三引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。

5  次に、本願の特許請求の範囲第二項に記載された発明(以下、「本願第二発明」という。)について検討するも、第四引用例の図8よりみて印圧部材がその固定端からほぼ打撃の中心において第一の方向に延びていること明らかであり、かつ、その他の構成は第一ないし第三引用例に基づいて容易に想到できるものである。

6  したがつて、本願各発明は特許法二九条二項により特許を受けることができない。

四  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2は認める。同3のうち、一致点とする「さらにハンマ列の運動中ハンマを作動させるように前記ハンマ作動装置に接合され、かつ前記往復運動用装置の位置に応動する装置……を有する点」を否認し、その余の一致点の認定は認める。相違点(1)ないし(3)は認める。

同4のうち相違点(1)についての判断は印字部材の駆動原理が同一であるとする点は認めるが、その余は争う。相違点(2)についての判断は、審決の述べるところが、被告主張のとおり相違点(2)につき本願第一発明と第一引用例のものとは実質的に異なるところはないという趣旨であることを前提にして、特に争わない。相違点(3)についての判断及び容易推考性についての判断は争う。

同5、6は争う。

審決は、本願第一発明と第一引用例との相違点を看過し(取消事由(1))、相違点(1)、(3)及び容易推考性についての判断を誤り(取消事由(2)ないし(4))、本願第二発明について誤つた判断をし(取消事由(5))、誤つた結論に至つたものであるから、違法として取り消されなくてはならない。

1  相違点の看過(取消事由(1))

本願第一発明は、本願の特許請求の範囲第一項の「前記ハンマ列の運動中ハンマを作動させるように前記ハンマ作動装置に接合されかつ前記往復運動用装置の位置に応動する装置を有する」との記載から分るように、ハンマ列往復運動用装置の位置に応動してハンマ作動装置を作動してハンマ列の運動中にハンマを作動させるものである(別紙図面参照)。これに対し、第一引用例のものは、その「データ記憶装置に記憶されたデータによつて選択されたハンマソレノイドを付勢し、次いでステツプ位置に移動させ、そして順次印字後紙送りモータで用紙を前進させるように制御する制御装置を有する」との構成から明らかなように、ハンマ列をステツプ送りし、停止時に選択されたハンマソレノイドを付勢してハンマを作動し、次いでステツプ送り装置を付勢してハンマを後続する次のステツプ位置に移動させて停止したときに選択されたハンマソレノイドを付勢してハンマを作動させるものである。

したがつて、本願第一発明と第一引用例のものは、前者がハンマはハンマ列の運動中に作動して印字をするが、後者はハンマ列はステツピング運動をしてから一旦停止してハンマが作動して印字をするとの点において、明瞭に相違する(以下、この相違点を「相違点(4)」という。)。

このプリンタの二つの作動方式はプリンタにとつて基本的な技術であつて、本願の優先権主張日前いずれの方式も周知であつた。この方式の選択自体は新規性を主張するものではないが、この方式が周知であるからといつて発明全体の進歩性を否定できるものではない。相違点(4)はプリンタの基本的作動方式の相違であり、この相違はハンマ列の駆動用モータやハンマ作動装置、ハンマ列駆動装置の構成と関連するものである。

審決は、本願第一発明と第一引用例のもののもつとも重要な相違点を看過した違法のものである。

2  相違点(1)についての判断の誤り(取消事由(2))

本願第一発明と第三引用例のものとにおいて、永久磁石と電磁石を組合せ電磁作用によつて印字部材を作動させるという駆動機構は同一である。しかし、第一引用例と第三引用例との駆動機構を比較すると、電磁作用を用いる点は共通しているが、第一引用例の駆動機構には永久磁石がない点で第三引用例とは異なる。

第三引用例のワイヤ駆動機構を第一引用例のハンマ駆動機構に置き換えると、第一引用例のハンマ列に永久磁石付き電磁石を一体に取付けなければならない。そうすると、第一引用例のハンマ列駆動用ステツピングモータの容量を変えなければ、ハンマ列の往復運動の速度は、ハンマ列と電磁石とを別体にしてハンマ列を往復運動させたときよりも遅くなる。したがつて、行印字速度は、第一引用例のハンマ駆動機構による行印字速度よりもはるかに遅くなる。また、ステツピングモータの容量を変えるとすれば、容量はハンマ列の質量の自乗に比例して増大するので非実用的な容量になる可能性がある。したがつて、第一引用例のハンマ駆動機構を第三引用例のもので置換したものでは、第一引用例のものよりも行印字速度がより高速であるというような本願第一発明の有する効果を期待することはできず、本願第一発明の目的を達成することができない。

被告は、本願第一発明のようなドツトマトリツクス型ハンマプリンタと第三引用例のようなドツトマトリツクス型ワイヤプリンタとはいずれもドツトプリンタとして同一の技術分野に属するものである以上、その技術の置換は容易に想到できるというが、これは、本願第一発明と第三引用例のものとの間での技術の置換を容易に想到できるとしているのであつて、第三引用例と第一引用例のものとの間の技術の置換に対して判断したものではない。したがつて、第三引用例の印字部材駆動機構を、異なる印字部材駆動機構を有する第一引用例のものと置換することについての判断根拠は示されていない。被告が第三引用例のワイヤ駆動機構を第一引用例のハンマ駆動機構に置換したものが少なくとも第一引用例と同等の性能であるか性能を向上させたものになるというならば、その根拠を提示すべきである。

いずれにしても、審決の判断は「同一技術分野に属する」ということと「置換を当業者が容易に想到できる」ということを、何の裏付けもなく短絡的に結びつけたもので、科学的妥当性のない単なる「同一技術分野に属するものは、置換を当業者が容易に想到できるのではなかろうか」という推測を真実と錯覚しているにすぎないのである。

3  相違点(3)についての判断の誤り(取消事由(3))

審決は、第一引用例には「ハンマと電磁石とが組合わされているものが示唆されており」というが誤りである。

第一引用例のものは、あくまで、電磁石とハンマ支持体が別体であつて、電磁石が固定されている場合と、電磁石がハンマ支持体と独立に往復運動する場合の二つがあるにすぎず、第一引用例には、電磁石とハンマ支持体か一体であるものは示唆されていない。

このように第一引用例の発明においてハンマと電磁石とを一体にすることが示唆されておらず、そのようなハンマ列の構成の変更はステツピングモータでハンマ列を駆動する第一引用例の発明にとつて無意味である以上、第二引用例及び第三引用例に本願第一発明にあるような印字部材とそれの駆動機構を一体にしたものが示されていても、それを第一引用例のものに適用することを必要とする理由は存在しない。

したがつて、審決の判断は、第一引用例のハンマ列に対する誤つた技術的理解に基づくものであり、違法である。

4  容易推考性についての判断の誤り(取消事由(4))

審決の相違点(1)ないし(3)についての判断は、構成要素間の相互作用を全く考慮しないで個々に行なわれたものである。本願第一発明を全体として考える場合には、改めて、構成要素間の相互作用を検討すべきであるにもかかわらず、審決では、そのような検討を全く行つていないので違法である。また、相違点(1)及び(3)についての判断が誤りである以上、審決の結論は当然に誤りである。

審決は、第一引用例を基本の引用例として、これと本願第一発明とを対比しているが、本願第一発明は、本願明細書に記載されている(甲第二号証の一、明細書五頁六行ないし七頁八行)とおり、第一引用例の米国出願である米国特許第三七八二二七八号明細書に示される先行発明を基礎としてその欠点を解消し、第一引用例のものよりも高速度で、かつコストのより低いライン印刷ができるハンマドツトプリンタを提供するものである。この本願第一発明の格別の作用効果は、相違点(1)、(3)、(4)によつて示された構成上の特徴の有機的組合せによる総合効果によつて達成されているのであつて、個々の構成要素のどれかだけに発明的工夫をして達成したものではない。

まず、相違点(4)にあげたハンマをハンマ列の運動中に作動させる構成は、連続回転モータを用いてハンマ列を往復運動させることと、ハンマの作動速度の速いハンマ作動装置の使用を規定する。相違点(1)の永久磁石付電磁石を用いるハンマ作動装置は、永久磁石のない電磁石による作動装置のハンマ作動時に一旦ハンマを磁極片に引きつけてから離すという余分の動作をなくして、ハンマ作動速度を高くすることができるものである。相違点(3)のハンマとハンマ作動装置が一体になつてハンマ列を構成しているのは、ハンマ列の往復運動時にハンマが磁極片に引きつけられた状態でハンマ列が動くことにより、ハンマ作動速度を速くするのに必須の条件である。一方、ハンマ列はハンマとハンマ作動装置である電磁石が一体になつているから質量が大になるが、ハンマ列の駆動用モータが連続回転モータであるから、ステツピングモータの場合のように、質量の自乗に比例する容量の増大がなく、実用的な容量で質量の増大に対応でき、無理なく、ハンマ列の往復運動速度を高めることも可能なのである。以上の組合せの効果により前述の本願第一発明の格別の効果が達成されるが、本願第一発明に示された構成要素の組合せは、従来技術にはない組合せである。

それ故に、本願第一発明は、第一ないし第三引用例の各々に示された個々の構成要素が公知であつても、第一ないし第三引用例に記載された発明に基づいて、当業者が容易に想到することができるものではない。

被告は、第一引用例のものに第二、第三引用例のものを組合せたものは、それらが高速で信頼性の高いしかもコストの低い印刷を行うものであるから、第一引用例のものよりさらに高速ですぐれたものになると主張する。

しかし、第一引用例の発明当時、第二、第三引用例に含まれている技術と同類のものが公知であり、それを考慮した上で、第一引用例の発明が同一技術分野のプリンタの中で最善のものと考えられたのであり、被告のいうように、第二、第三引用例に含まれている技術を適用することによつて容易に性能を向上できるのであれば、そのような発明が第一引用例の代りになされたはずである。

本願第一発明のようなドツトプリンタの構成は、大きく分けて、印字部材、印字部材作動機構、印字部材位置移動機構、印字用紙移動機構及び各動作の制御機構からなつている。

そして、これらの基本構成部分の各々について何種類かの変形があるが、それらの変形は、上記の五部分に対して、任意に等価に置換できるものではなく、特定の組合せだけが有効であり、有効な組合せの相互間においても、性能の差があるものである。ドツトプリンタの場合、上記の五つのうち、特に印字用紙移動機構以外の四つの部分をどのような構成のものにするかが重要である。本願発明の場合、考えられる多数の組合せの中から最適の組合せを選び出すという作業がまず行なわれている。そして、四部分の最適組合せについての着想ができた後に、それが実際に製作できて有効に働き、かつ経済的にも成り立つことを確証する段階をとつているのである。四部分の組合せについては、このうちの一つでも異なれば得られる性能は全く異なるものになるのであつて、四つの部分のうち二つの組合せが同じでも他の部分が異なれば全く異なるものといえる。

審決及び被告は、最適な四部分の組合せを選出する段階すなわち着想の重要性を無視して、本願第一発明の着想による組合せを実際に製作するのが容易かどうかの評価をしているだけである。審決のあげた引用例には、本願第一発明の着想を示唆するための技術的情報は何も含まれていないのである。

5  本願第二発明についての判断の誤り(取消事由(5))

第四引用例の図8のハンマはその長さの全部が必ずしも同一の長さではないから、ハンマのドツト印圧部材は必ずしも固定端から打撃の中心にあるとは限らない。

そして、本願第一発明についての審決の判断が誤りであることは上述のとおりであるので、本願第二発明が第一ないし第四引用例に基づいて容易に想到できたとする審決の判断もまた誤りであることは明らかである。

第三  請求の原因に対する認否、反論

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。審決の理由の要点4のうち相違点(2)についての判断は、相違点(2)につき本願第一発明と第一引用例のものとは実質的に異なるところはないという趣旨である。同四の主張は争う。

二  審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由(1)について

本願第一発明の「ハンマ列の運動中」とは字号位置の両端位置の間に紙に対して往復運動を作動させる間を意味するものであり、その運動中ハンマがステツピング動作をするかしないかを積極的に意味するものではない。本願明細書及び図面のいずれにも「ハンマ列の動いているときに」すなわち「ハンマ列の運動中ステツピング動作をしないで」ハンマを作動させることが、本願第一発明の目的である印字の高速化を達成するための構成要件の一つとして、明瞭に記載されていない。

もし原告が主張するように、「ハンマ列の往復動しているときに、(ステツピング動作をしないで)ハンマを作動させる」ことが本願第一発明の構成要件の一つであるのであれば、本願明細書の発明の詳細な説明の中で、第一引用例と同一内容の米国出願である米国特許第三七八二二七八号明細書を含む従来技術との比較において、本願第一発明はハンマ列の往復運しているとき、すなわちステツピング動作を行わないで連続移動しているとき、ハンマ列を作動させるから、印字の高速化が達成される趣旨の事項が明瞭に記載されているべきである。それであるのに、ステツピング動作をすることが明らかな第一引用例との対比において本願第一発明がステツピング動作をしないことは、本願明細書中に言及されていない。

原告の取消事由(1)の主張は、本願第一発明の構成要件の一つとして把握されていない事項につき、審決がこれを看過したとするものであり、理由がない。

仮に、原告主張のとおり「ハンマ列の往復動しているときにハンマを作動させる」点が本願第一発明の構成要件であり、第一引用例のプリンタの作動方式と異なるとしても、右いずれの方式も本願の優先権主張日前周知の方式であつたことは原告の認めるところである。そして、第二引用例には、本願第一発明のハンマとそれの駆動機構を一体としたハンマ列に相当する記録ピンと電磁石とを一体に組合せたものの列が連続的に作動して印字をする機構が示されている。第二引用例のものがワイヤドツト型プリンタであるのに対し、本願第一発明がハンマドツト型プリンタである点で両者は相違するが、ドツトプリンタとしては同一の技術分野に属するものである以上、第二引用例の駆動機構を第一引用例のものに置換して、本願第一発明のようにすることは当業者が容易に想到できることであり、相違点(4)は慣用手段の置換にすぎない。

2  取消事由(2)について

原告も認めているとおり、本願第一発明と第三引用例とにおいて、永久磁石と電磁石を組合せ電磁作用によつて印字部材を作動させるという駆動機構は同一である。すなわち、本願第一発明の「このハンマ作動装置は、平常はハンマをばね負荷の後退位置に保つ磁界を形成するように各ハンマと磁気回路中に接合された永久磁石と、前記後退位置から飛び離れさせるためハンマを解放するように前記磁界を殆ど解消する電磁石を含む」構成及び「この配置にすれば可動部分は割合少くてすみかつ高速で信頼性の高いしかもコストの低いライン印刷ができる」効果は、本願の優先権主張日前公知であつた。第三引用例に示されるこの駆動機構を第一引用例に記載されている「可動のハンマ機構が横方向に新しい位置に移され、中立位置から後退され、印刷のため発射され次いで中立位置に返されて再びサイクルが開始される」ハンマ駆動機構に置換して本願第一発明のようにすることは、本願第一発明のようなドツトマトリツクス型ハンマプリンタと第三引用例のようなドツトマトリツクス型ワイヤプリンタとはいずれもドツトプリンタとして同一の技術分野に属するものである以上、その技術の置換は容易に想到できることである。

原告が取消事由(2)において述べるところは、一般的な機械設計上の事項に関するものであり、本願第一発明と各引用例の相違点に対する認定の当否とは何の関係もなく、そして審決に示された判断を違法とする理由にはなりえない。

3  取消事由(3)について

第一引用例には、その「電磁石は各ハンマ(80)について設けられる。」(甲第三号証の一の一三欄五・六行)との記載その他により、ハンマと電磁石とが組合わされているものが示唆されている。

第二、第三引用例はともに、記録ビン又はプリントワイヤにこれらを作動させる装置を一体に組合せているものであつて、そのような構成により機構の小型化簡略化と共に、当然印字の高速化を達成させるものである。すなわち、第二引用例のものは、記録ビンをこれと一体に組合せた電磁石及びリセツトばねの存在により従来品より高速の記録ビンの印字及びリセツトを達成しており、また、第三引用例のものは、電磁付勢装置及び永久磁石によりプリントヘツドを作動させることによつて印字の高速化を達成したものであつて、このような点を無視して各引用例が印字の高速化に役立つことを意味しないとする原告の主張は失当である。

4 取消事由(4)について

第一ないし第三引用例及び慣用技術はいずれもドツト・マトリクス印刷装置に関するものであり、表現に差異はあるがいずれも高速で信頼性の高いしかもコストの低い印刷を行うという共通の目的を有するものである。そして、第一引用例ないし第三引用例を組合せたことによる総合的な効果が、発明の進歩性の判断に際して参酌されなければならないことは当然である。

原告は「以上の組合せの効果により前述の本願第一発明の格別の効果が達成されるが、本願第一発明に示された構成要素の組合せは、従来技術にはない組合せである。」と主張しているが、本願明細書のいずこにも、前記組合せによつて本願第一発明の格別の効果が達成されたことが客観的に認められる程度の記載は存在せず、また本願明細書の記載から自明であるということもできないので、審決は、たとえ本願第一発明に示された構成要素の組合せは新規であつても、それは従来技術の単なる寄せ集めにすぎず、従来技術から容易に発明をすることが出来たものと判断したのであつて、上記判断に至る過程及び判断自体に何ら違法性は存在しない。

5 取消事由(5)について

第四引用例の図8に記載されたものは、ドツト片の先端よりやや下方にドツトがプラテン方向に設けられており、ハンマのドツト印圧部材は各ドツト片の先端より一定の距離の場所すなわち打撃の中心を打つようにされている。したがつて、原告の主張は第四引用例の記載事実に基づかない不当なものであつて、審決を違法とする理由にはならない。

第四  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実及び本願発明の要旨が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1  取消事由(1)について

成立に争いのない甲第二号証の一ないし四により認められる本願明細書の発明の詳細な説明中の本願発明を一般的に説明する部分の「本発明によるドツトマトリツクス印刷機は、ハンマ列と、往復する移動機構上に取つけられる作動装置とを含み、各ハンマは、往復運動中同時に飛んで印刷するように作動される。」(甲第二号証の一明細書六頁一八行~七頁一行)との記載及び明細書添付図面について本願発明の実施例を説明する部分の「ハンマ24のこの高速運動は移動子機構22の連続往復運動で生じる。第2図のカム装置44が作動するとき、カム従動子42は複葉カムと共に該機構の台形状運動を起こす。即ち、該機構は、実質的に一定の速度(三五五・六mm/s)で或る時間一方向に作動して、実質的に一定の割で速度を変えて反対方向に返され、再び実質的に一定の速度で、以下同様に往復動される。この一定速度の運動中、三つの字号の各々に対する連続的ドツトがその字号の水平ラインのドツト印刷位置に沿つて直列的に印圧される。」(同二〇頁五~一五行)との記載並びに右図面第1、2図(別紙図面)によれば、前示当事者間に争いのない本願第一発明の特許請求の範囲の「前記ハンマ列の運動中ハンマを作動させる」とは、ハンマ列が連続的に往復運動しているときハンマを作動させることを意味するものと認められる。

一方、第一引用例に審決認定の記載があることは当事者間に争いがないところ、同引用例のものにおいては、ハンマ列がステツピング運動をして、それが一旦停止したときにハンマか作動するものであることは、被告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなされる。

右事実によれば、本願第一発明と第一引用例のものとの間には原告が相違点(4)として指摘する差異があることが認められる。したがつて、この点を両者の相違点としなかつた審決には相違点の看過があつたというべきである。

しかしながら、右相違点(4)にかかるプリンタの二つの作動方式がプリンタにとつて基本的な技術であつて、本願の優先権主張日前いずれの方式も周知であつたことは当事者間に争いのない事実であり、また、成立に争いのない甲第三号証の二、乙第一号証及び乙第二号証の一によれば、第二引用例、昭和四八年三月ころに頒布された刊行物と認められる「沖電気時報」三九巻四号一四頁~一九頁及び特開昭四八-八三七三七号公報には、プリントワイヤ(記録ビン、印字ビン)及びこれと一体となつたプリントワイヤ作動装置を複数個含むプリントワイヤ列を連続運動させ、その運動中にプリントワイヤを作動させて印字するワイヤドツトマトリクス印刷装置が開示されていることが認められ、この事実によれば、本願第一発明の属するドツトマトリクス印刷装置の分野において、印字部材かハンマであるかプリントワイヤであるかの相違を除けば、本願第一発明と同じく、印字部材及びこれと一体となつた印字部材作動装置を複数個含む印字部材列を連続運動させ、その運動中に印字部材を作動させて印字する機構は、本願の優先権主張日前すでに周知の技術であつたことが認められる。

そうとすれば、印字部材としてハンマを用いる第一引用例のドツトマトリクス印刷装置に第二引用例に示される右周知の機構を適用し本願第一発明のようにハンマ及びこれと一体となつたハンマ作動装置を複数個含むハンマ列を連続運動させ、その運動中にハンマを作動させて印字する機構とすることは慣用技術の転換として当業者が容易に想到できる程度のことと認めるのほかはない。したがつて、審決の相違点(4)についての看過は審決の結論に影響を及ぼすべき瑕疵ということはできず、原告の取消事由(1)の主張は採用することができない。

2  取消事由(2)及び(3)について

第三引用例に審決認定のプリントワイヤの駆動機構が記載されていること及びこの駆動機構の駆動原理が本願第一発明のものと同一であることは当事者間に争いがない。

そして、右1にみたとおり、第一引用例のドツトマトリクス印刷装置に第二引用例に示される前示周知の機構を適用し、本願第一発明のようにハンマ及びこれと一体となつたハンマ作動装置を復数個含むハンマ列を連続運動させ、その運動中にハンマを作動させて印字する機構とすることが当業者にとつて容易に推考できると認められるのであるから、この機構におけるハンマ作動装置のハンマ駆動機構として第三引用例に示される本願第一発明とその駆動原理を同じくする右公知の印字部材駆動機構を適用し、本願第一発明のもののようにすることもまた当業者が容易に想到できるところと認められ、これを覆えすに足る証拠はない。

原告は、取消事由(2)において、第三引用例の駆動機構を第一引用例のものに置換して本願第一発明のようにすることは当業者が容易に想到できるとする審決の判断を論難しているが、ドツトマトリクス印刷装置の技術分野において前示第二引用例に示される技術手段が周知であることを考慮にいれるならば、審決の右判断は首肯するに足るというべきであり、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、取消事由(3)において、第一引用例には「ハンマと電磁石とが組合わされているものが示唆されており」との審決の判断が誤りである旨主張する。しかし、成立に争いのない甲第三号証の一により認められる第一引用例中の「電磁石は各ハンマ(80)について設けられる。」(一三欄五・六行)との記載部分及び審決が右判断の理由として引用した記載部分(審決の理由の要点4参照)によれば、第一引用例においては、ハンマとこれを駐動する電磁石の対応関係を当然のことながら極めて密接なものとして説明していることが認められるのであるから、ハンマ支持体と電磁石とが別体に配置されていること(審決の理由の要点3(三))を前提としつつも、右密接な対応関係からハンマと電磁石との組合せを想到することは自然というべきであつて、これを「ハンマと電磁石とが組合わされているものが示唆されており」と表現することをもつて、誤りということはできない。

審決取消事由(2)、(3)のその余の主張が理由のないことは、以上に述べたところから明らかである。

3  取消事由(4)について

原告は、ドツトプリンタを構成する五つの部分のうち印字部材、印字部材作動機構、印字部材位置移動機構及び各動作の制御機構をどのような構成のものとするかが重要であり、審決及び被告は最適な四部分の組合せを選出する段階すなわち着想の重要性を無視している旨主張する。

しかし、第二引用例に審決認定の記載があることは当事者間に争いがなく、同引用例に開示されたドツトマトリツクス印刷装置前記二〓で認定したとおりのものであるところ、これらの事実と前示甲第三号証の二によれば、記録ピンを印字部材とする右印刷装置の構成は、印字部材作動機構の構成を除き、本願第一発明と同じであると認められる。すなわち、第二引用例に示されるドツトマトリクス印刷装置を前示当事者間に争いのない本願第一発明の特許請求の範囲の記載に倣つて表現するとすれば、右特許請求の範囲中の各「ハンマ」を「記録ピン」と、「このハンマ作動装置は、平常はハンマをばね負荷の後退位置に保つ磁界を形成するように各ハンマと磁気回路中に接合された永久磁石と、前記後退位置から飛び離れさせるためハンマを解放するように前記磁界を殆ど解消する電磁石とを含み」との記載を「この記録ピン作動装置は、平常は記録ピンを後退位置に保つリセツトばねと、前記後退位置から飛び離れさせるため記録ピンに連結された作動片を吸引する電磁石とを含み」と各書き改めればよいことになる。そして、この印字部材(記録ピン)作動装置を、前叙のとおり本願第一発明とその駆動原理を同じくする永久磁石と電磁石とからなる前示公知の第三引用例のプリントワイヤ作動装置に置換すれば、この装置が印字部材が記録ピン(プリントワイヤ)である点を除いて本願第一発明とその構成を同じくする印刷装置となることは明らかである。

右のような第二、第三引用例に示される公知技術の組合せと本願第一発明とを対比すれば、その差異は僅か印字部材として記録ピン(プリントワイヤ)を用いるかハンマを用いるかに存するにすぎない。そして、前叙のとおり、第一引用例にはハンマを電磁石で駆動する印刷装置が示されているのであるから、右公知技術の組合せにかかる印刷装置の記録ピン(プリントワイヤ)をハンマに置換することに技術上特に困難があると認めることはできない。

そうとすると、本願第一発明は第一ないし第三引用例に示される各公知技術の寄せ集めにすぎず、その効果もまた右各公知技術から当然予想する範囲を出るものと認めるに足りる証拠はない。原告が主張する着想の困難性を基礎付ける事実は本件証拠上これを認めることができず、その他原告の取消事由(4)の主張が失当であることは前叙のところから明らかであるといわなければならない。

5  以上のとおり、本願第一発明に関する原告の主張はいずれも理由がなく、本願第一発明が特許法二九条二項により特許を受けることができないとした審決に、その他これを取り消すべき違法の点は見当らない。そうとすれば、原告の審決取消事由(5)について判断するまでもなく、本願第二発明についての審決の結論もまた正当である。

6  よつて、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の附与につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 牧野利秋 裁判官 清野寛甫)

別紙図面

〈省略〉

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